後日談
ポートマフィアに捕まった恐怖から逃れるため、どさくさ紛れに発効された奇天烈な異能により、
犬の耳と尻尾が生えて来たという大幹部様を補佐していた敦くん。
日頃の素直さと、中也さんの危急なのなら頑張りますという、
相変わらずな一途さから お手伝いにと奔走していたのかと思いきや。
実はといえば、それは静かに、しかもこれまでには例がない級でお怒りだったらしいというの、
実はの実は 太宰にははなから判っていたらしく。
『そんなこあい敦くんに逆らうのも何だったんで、言うこと聞いて “うずまき”で待ってたんだしぃ♪』
いやいや怖いからというのは嘘だろう、絶対にあの状況を楽しんでいたに違いないと。
中也のみならず芥川でさえあっさりと察し、胡乱なものを見るような半目になったものの、
『…と。俺ら、今から急な用があるんでな。』
ポートマフィアの移送車を呼び、問題の…何故だか怯え切ってた犬男を収容したそのまま、
今宵の早い時間から取り掛かるというそれ、そもそもの先約であった“任務”らしい所用へ向けて、
中也と芥川が挨拶もそこそこに探偵社組とは離れることとなり。
「そっかぁ、昨夜の仕事ってのはこれだな。」
翌朝の新聞の地方面の片隅に小さく載っていた、
某ホテルでのレセプションで起きたという 警報機とスプリンクラーの誤作動という記事を、
太宰がトントンと指先でつついて隣の席の敦へ小声で囁く。
春先にはよくある 新規事業の顔見せを兼ねた宴席で、
新規参入ながらも政財界の大立者が結構な数で招かれていたそうで。
その中の誰かに“用”があって…攫うか ちょっとだけ顔貸して貰うかしたらしく。
「新聞にはこれだけしか載ってないけど、
ネットのほうでは憶測含めて色々取り沙汰されててね。
某企業主のおじさまが行方をくらました、愛人との逃避行かなんて書き立てられてるしねぇ。」
「ありゃ。」
行方不明とは物騒なと微妙にお顔が引きつった敦だったが、
そこへと太宰が続けた言いようが、
「まだちょっと、芥川くんだけで扱うには無理なお仕事だったろうからねぇ。」
中也と芥川へと割り振られていたものだったのは、恐らく“潜入型”の任務。
有無をも言わさぬ鏖殺でいいならともかく、
出来るだけ場を騒がせず、でも否も応もなく、
周囲に疑問を持たせぬまま 目的の一人だけ誘い出して…という流れで運ばねばならず。
中也の外面の良さや演技力などなどがあればこそ
たった “二人で”コトが足りるだろうと見做されたのだろう。
なのに、その要の御仁が獣耳を生やしましたという状態になったのだ、
そりゃあ焦るわなぁと、敦もまた ありゃまあと今更合点がいったようなお顔になったものの、
“…行方不明、か。”
新聞やメディアが伝える文言は、それがどれほど確固たる情報筋であれ コトの総てとは限らない。
有事の最中じゃあなし、
政権の動向や官僚の間での処理などなども結構包み隠さず発表されるようになったが、
では民間の事件や事象はといや、
取材した人の能力いかんではない次元で、やはり公表には踏み切らず隠蔽されるものとて多かろう。
隠すにあたって政権かかわりの権力を行使する手合いもいるかもしれずで、
余談もいいとこですが、もーりんは最近のニュースで
“命に別状はない”という表現をよく聞くようになったのが気になってしょうがない。
……それはともかく。
どんなに上手に隠しても、例えば後世には暴かれてしまうかも知れない、
在ったことを無かったことにするのは結構骨が折れるもんだよとは、
別な案件の〆でぽつりとこぼしていた名探偵様の言で。
行方不明とされている誰かさんは、
もしかしたら中也たちに拉致されて、命を絶たれているのかも知れぬ。
そこまで行かず、だが世間へ戻られては何があったか色々訊かれるだろうから
隠遁したまま引退したことにして…という穏便な段取りが組まれているのやもしれぬ。
強引な拉致であっても殺人が為されたのだとしても、
どこの筋からなのか “依頼”あってのそれで、
決して中也自身の意図があっての殺傷ではなし、
その点はしょうがないとサササ〜っと見なかった振りをする敦であり。
“しょうがないと思うならならで、誤魔化さないで居なきゃあいけないのになぁ。”
中也を拒絶するわけにはいかぬという自分への言い訳を立ち上げたのなら、
貫徹するべく毅然としているべきなのに。
それでも胸のどこかがきゅうっと締め付けられるのは、まだまだ経験則が足らないせいか。
微妙に俯いて、自身のグローブが嵌まった手をぼんやりと見下ろす少年へ、
“……。”
あくまでも自由意思を尊重してのこと、
助言はしないが見守りはする所存の、懐ろ深い蓬髪の先輩さんが、
“せいぜい悩め悩め。”
わざわざの言葉までは差し向けないながらも、
デスクに頬杖ついたまま、
それは柔らかな眼差しを向け、微笑ましげに白の少年を見やっていた。
◇◇
結局のところ、太宰が “ウチのかわいい子に触らないで”という憤懣から
犬男、もとい 犯人くんを押し返したりつねったり、さんざんな仕打ちで突き放したお陰様、
中也の頭と尻に現れていた獣耳と尻尾はあっさり消えた……が。
「♪♪♪〜♪」
一体いつの間に“誰が”撮ったやら、
毛並みも豊かでやわやわだった ちょっと大きめの赤毛の立ち耳や、
そちらも長毛でふっさふさだったお元気な尻尾が
たくし上げられたコートの下でフリフリ振れていた図の写真が、
敦の手元、携帯端末に多数収められており。
「耳には結構 触らせてもらえたしvv」
生まれたてのそれ、慣れない環境にくりくりと良く動いてたのを
宥めるように そおと撫でたり頬擦りしたりした。
尻尾のほうも、ズボンへ穴をあける位置決めに触れはした敦であり。
…いやあの、まさかに生えてる個所は見ちゃあいませんが。
「当たり前ですっ。///////」
場外からの言いようへ “何て破廉恥なっ”とたちまち赤くなった虎の子くんへ、
やっとのこと春めきへ向けての暖かいお日和となった いいお天気の下、
その代わりのように むむうとふくれっ面になったまま、
「つか、その写真も消せ。」
あんまりキツい言い方はしたくはないがそれでも不満か、
不貞腐れたように端的な言いようを敦へと放る。
当日はそれこそずっとすぐ傍に居た少年で、
そんな素振りをしていりゃあ他でもない中也自身が気が付くはずだが、
逃亡者捜索に躍起になっているばかりだったのは間違いなく。
一体どうやって撮ったんだと、
何とも面妖な事態なのへ見るからに“解せぬ”というお顔になっている中也なのへ、
「ボクも良くは判りません。」
ふふーと微笑う敦も 決して嘘はついてない。
件の新聞記事を見てやや気持ちが沈んでしまっていた後輩くんへ、
太宰さんが “携帯の○○というファイルを開けてごらん”と囁いて来て、
???と怪訝に思いつつも、
何時の間に作られていたやら そんなファイルがあったのを開くと、
先日一緒に居た中也の姿を撮った写真がどっさりと収められており。
『実は敦くんのネクタイに小さな転送型の自動カメラをくっつけといたんだ。』
ああ、妙な覗き根性からじゃあないよ?
もしも捜索に行き詰ったなら、キミらの行動を遡れるようにってね。
その証拠に、撮った画像はすべて敦くんの携帯端末に届くようにって設定してたんだし。
そうと言われて、結果として用はなくなったからと好きにしなさいって言われたのであり。
もしかしたら…何枚かは太宰さんも持っているのかも知れないけれど、
“いつも厭味っぽい物言いしていたから、
心配してたって素直に言えないのもしょうがないよね。”
うんうん、大人はしょうがないよねぇと、ふにゃりと笑った敦くんだが、
それをそのまま言ったなら、いやいやいやいやとそれは激しく否定されることだろに。(笑)
「消せ。」
「いやです。」
「消せったら。」
「ダメですったら。」
じゃあ敦の虎耳も撮らせろ。
え〜? なんでですよぉ。
不公平だからだ。そうだ、尻尾もな。
あんなの滑稽なだけですのに。
何を言うか、あんな可愛いもんを。
同じこと、中也さんにもお返しします……っ、と。
どう聞いても惚気合いにしか聞こえない可愛い口喧嘩、
こじゃれたカフェのテラス席で繰り広げる、可愛らしい莫迦ップルで。
赤毛で小柄、小粋な装いの兄人のほうも、白銀の髪した痩躯童顔の少年のほうも、
どちらも見目がすこぶるつきにいいものだから、客寄せには十分貢献しており、
店員たちもオーナーも苦笑交じりに眺めてござる。
あのお彼岸の極寒もどこへやら、春はもうすぐそこまで来ているようで、
街を吹きゆく風に緋色の花びらが舞うのも間近だと
花見の話題にあっさり仲直りしている二人連れ。
薄曇りのようだった灰色の空が 港町らしく青みを増すのももうじきです。
〜 Fine 〜 18.03.21.〜04.10.
BACK→
*書き始めた当日はそりゃあ寒かったのが、ほんの翌日には呆気なくも気温が上昇し、
花見どころか初夏なみという異常高温、
何だこの格差はと書いてる場面への感情移入がしにくくて閉口しましたよ。
そして今はまた、随分と寒い寒の戻り…。
まあね、読むのはいつになるかも判らないのだし、
そこまでこだわらんでもいいのかもですが。
寒い中 大変だぁとか、何でこんな暑いんだとか、そういう描写も結構好きなので、
勝手に気をもんだお話でもありました。
そして、中也さんの獣耳、もっといろいろエピソードを書きたかったなぁ。
犯人探しが先だってなっちゃいましたからねぇ。
…中也さんのイケズ。

|